2012/02/26

学生紹介:ALIMO(修了生)

Q 自己紹介をお願いします。
A 大学院生活も終盤だから言いたいこと言ってやろうと思ってる、ALIMOです。


Q 最近アニメーション以外でどのような作品と出会いましたか? 
A 映画「The singing Revolution」、これはエストニアのドキュメンタリー映画です。感動して泣きました。エストニア人の生き方がとにかくかっこいい!あとは、作家研究でヴァレリアン・ボロズウィックを扱っているので、彼の映画を観てます。強烈です。ブニュエルやボロズウィックをると、僕の作品はまだまだウンチだなって思います。



Q 大学院で一番印象に残っている出来事や言葉などあれば教えて下さい。 
A みんなの笑顔。あとは、音楽のパートナーに恵まれたこと。これは本当に大きかった。一年次の時もそうですが、修了制作の時も多くの人が力を貸してくれました。いくら監督である僕が多少イメージを伝えたとはいえ、彼女達の力があったからこそだと、完成した作品を見て改めて思います。良い出会いがあったと感じています。



Q 一年次作品と修了作品との相違点や挑戦したことなど教えて下さい。
A 素材、技法、コンセプトすべて今までとは違うアプローチを試みたので、新しい武器を手に入れたという感覚はあります。でもこの手法はかなりしんどいので、もっと試行錯誤しないといけません。そして、別バージョンを作ってみたいです。例えばもっとシンプルな遊び、もっと複雑な遊びを。こうして別バージョンのイメージが湧くのも、自分のなかでは新しい感覚ですね。


Q 本作品をなぜ作ったのでしょう?メッセージなどを聞かせて下さい。 
A 観てすぐに面白いと感じるものは、それほど新しいことはやっていないと思います。新しいものとはすぐには受け入れられないもの、何なのかよく分からない要素があるものです。そうなると、自分でもよく分からないものを作るしかない。僕はこの作品が面白いのかどうか途中から判断できなくなりました。それは作品に自信がないという感覚とは少し違うものなんです。だから少なくとも僕の中では新しい、ということになる。
 この作品はエンターテイメントの要素は少ないです。きちんと見て理解するためには、ある程度の知識が必要です。例えば20世紀絵画史やシュルレアリスムについてです。それを話さないと「なぜ作ったのか」という質問には適切に答えることは出来ないでしょう。TVしか知らず美術館に行かないような絵画史を知らない人が観ると単調という印象を持たれ兼ねない。僕の母はそのような人です。でもそれはその人の人生なので。その人生に僕の作品は縁がなかったというだけのことです。僕はそれでかまいません。僕はただ、意味のあるもの、残るものをなんとか作っていきたいんです。
僕は母に作品を見せます。それで母は僕に気を使ってこう言うと思うんです。
「よく分かんないけど、、、綺麗だね」って。
なんだそれっ!!でも観てくれてありがと。



Q 修士論文のテーマを教えてください。
A 題目は「《反・動き》のイメージ考察」です。内容はシュルレアリスムとアニメーションという観点から、イメージとオブジェのやりとりについてとか、描く行為とかについて書いています。



Q 修了展のテーマが「TALK」ですが、あなたにとって「TALK」と「作ること」との繋がりについて教えて下さい。
A 僕の中で「作品」の定義は、メッセージがあることです。ただ楽しいものとか、作りたいから作った、というものは作品に値しないという考えを持っています。それらは作品ではなく一人言のようなものであったり、商品です。言ってみれば消耗品ですね。楽しくてもメッセージや作る意味がないとダメなんじゃないでしょうか。作品に意味がないってことは、その作家の存在意義もないってことです。
 作品にはそのなかにTALKの要素があります。作品ではないオママゴトの場合は、そのものを使ってTALKをしないといけない。この違いだと感じています。そもそも、ここ数年アニメーション界に大した未来を感じない状況が続いていませんか。こういう状況の中で作品を出しても残念なことになるだけでしょう。ホロヴィッツの言葉を僕なりに置き換えて使えば、日本中のアニメーション作家は僅かに三種類しかいない。コンペティション中毒者と消耗品専門の三番煎じと過保護でホームパーティ好きの保守派




ALIMOさんの作品「開かれた遊び、忘れる眼」はプログラム「第三期生修了作品 A」にて上映いたします。第三期生修了作品Aプログラムは、横浜会場3/9から3/11、東京会場3/17から3/23に上映いたします。

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